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  ヴァン・ナチュレル(Vin Naturel)とは何?  (フランソワ デュマ)
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LE VIN NATUREL: QU'EST-CE QUE C'EST ?
ヴァン・ナチュレル(Vin Naturel)とは何?


「酔っ払いの記憶としては、酒が世界から消えてしまうのを目撃できるとは決して予想していなかった。」1989年にGuy Debord氏がこう語った時代、ワインの将来は暗かった。しかし、現在、いわゆる「vin naturel :ヴァン・ナチュレル」と言われるワインを提供してくれる僅かな数のブドウ栽培家・ワイン醸造家のおかげで、ほのかな希望の光が現れている。


より多くの人々を満足させることを目的としたワインの味覚の画一化は現実のものである。したがって、大手流通向けの“メーカー”ワインは誕生した。これらは、中身よりもエチケットとマーケティング技法が重要視されることがよくある。また、“ガレージ”ワインと呼ばれる、極端に美化され魅惑的なワインも存在している。最も裕福な人々の自尊心を満たす為に、生産量は極端に少ない。一方で、様々な施しを行ったワインも生まれた。オークチップの使用や補糖、逆浸透膜の利用で凝縮度を上げたワイン、過度の熟度のブドウ利用などなど。もちろん目的をもって行われていることだが、まがい物に陥ることもあるし、うんざりしてしまうほど極端なものもある。


今、新しい潮流を作ることで、上記のようなエスカレートし続ける傾向を否定する時が来たのではないか。テロワールとブドウ品種、そしてヴィンテージを語りかけるワインを前面に押し出す時ではないだろうか。もちろんここでは、標準的なワインと戦争をしようということが問題なのではない。ただ、単純に別の見方を提案するだけだ。なぜなら、ヴァン・ナチュレルを飲んだ方が、健康にも精神にもより賢明であるのは論理的だからだ。20世紀初頭には、ヴァン・ナチュレルを健康・治療のために飲んでいたものではなかったか?


ヴァン・ナチュレルは、近年、多くのジャーナリストの注目を集めている。これは消費者が彼らの飲食しているものが何であるのか関心を持ちつつあることの結果であろう。質問が生じ、興味深い事が語られている。しかしながら、たいていはそれほど重要ではなかったり、時には誤解であったりしている。


ここでは、客観的にテーマを取り扱ってみたい。ヴァン・ナチュレルという言葉は、今日、ますます雑に扱われ、使い方が難しくなっている。最近、スーパーマーケットでボトルに“ナチュール(nature)”と印のついたワインを見かけることがあるが、これは“ナチュール”と書かれているだけにすぎない。これが販売に貢献することに疑いはないが、もっとも悲惨なことは消費者をだましていることだ。そのため、単純かつ明白に何が“ヴァン・ナチュレル(vin naturel)”であるかを定義する必要がある。


ヴァン・ナチュレルは、何よりもまず、ビオロジック(有機栽培)かビオディナミで耕作されたブドウから作られたワインである。他はありえない。慣習的な農法やリュット・レゾネと呼ばれる減農薬農法によるブドウから作られたワインはヴァン・ナチュレルとはみなされない。なぜなら現在ワインの中に残留農薬が見つかることが確認されたからだ。しっかりと熟成した健康なブドウだけが、ヴァン・ナチュレルを生産するために使用出来ることを知ることは不可欠だ。不安定な果汁は逆に、醸造上の介入を必要とする。そのため、ヴァン・ナチュレルを生産する為には、比較的小さいブドウ畑で低収穫量であることが必要となる。現実的には、個人生産者の手によって少量生産のワインである場合が多い。ヴァン・ナチュレルは、純粋な方法である一方、もっとも手間のかかる方法で作られたワインである。美しいブドウの房は、ワインを作るための全ての要素を持っている。




ヴァン・ナチュレルを作るブドウ栽培家・ワイン醸造家は醸造所では不介入の原則に従う。果汁には基本的には何も添加しない。
−人工酵母の排除。ブドウ畑や醸造所に由来した自然酵母のみがワイン生産に関わる。
−無補酸、無補糖。もちろん、オークチップやタニンの添加、逆浸透膜やミクロ・オキシジェナシオンなど現代の醸造学技術を用いない。
−瓶詰前に清澄や濾過を行わない。
−発酵中には二酸化硫黄を添加しない。瓶詰時にも無添加か最小限の量を添加。
−ヴァン・ナチュレルは、赤ワインには10mg/L以下、白ワインについては25mg/L以下の二酸化硫黄しか含まれていない。(注1)


この単純な原則は、とても極端な原則ともいえ、多くのノウハウを作り手に要求する。また、醸造所は完璧な衛生状態を必要とする。毎年の気候状況によって、特に悪天候や温度状況によっては、ブドウ畑で生産の一部を確保する為に介入しなければならないこともある。介入無しにワインを生産することは実現が難しい。ヴァン・ナチュレルを信用しない人たちは、特に自然に作られたワインは“ビネガー・ナチュレル(自然な酢)”を作る、という。

ワイン生産者にとっては、樽の目減り分を補填するウィヤージュの作業は、ワインを守るために断続的に行わなくてはならない。一方で、二酸化硫黄を気前良く使用する生産者は心配することなく、バカンスに出発できる。したがって、ヴァン・ナチュレルは、ワイン生産者に多くのリスクをとることを要求する。ノウハウを知っていることはもちろんだが、それにとらわれていてもいけない。ヴァン・ナチュレルを生産するには、土地に足をつけていなくてはならない(そして頭は空に向けなければならない)

ヴァン・ナチュレルは完璧なワインである。全ての“ナチュレル”な生産者は毎年生産したいと願っている。100%純粋なブドウ果汁のワインであり、もしかしたらワイン生産者はワインができる過程に付き添っているだけかもしれない。理想では、人は介入しないことだ。自然の側面の方が人間の側面に比較すると巨大である。鍵はここにある:自然のこの巨大な側面を、人間の口の中にそのまま運ぶこと〜言い換えれば、有機的に栽培されたブドウ、素晴らしいテロワール、理想的な古樹(クローンではなくセレクション・マサール)、低収穫量、手摘み、畑から醸造所までの搬送、質の高いプレス、自然酵母、無補酸、無補糖、無濾過、二酸化硫黄無添加かほんの少し、無安定剤、そして認可されている全ての醸造学上の薬物一覧表を破棄すること・・・

また、日本や新世界のワインで行われている低温殺菌法(フランスでは禁止)の利用についても警鐘を鳴らさなければならない。二酸化硫黄無添加のワインを作るためであるが(おそらく)、これは明らかにヴァン・ナチュレルではない。

では、ヴァン・ナチュレルは、一般的なワインと比較して味覚や印象は優れているのか?ワインがナチュレルだからといって優れているわけではもちろんない!全てのワイン生産者が偉大なワインを産み出すわけではない。しかしながら、有機栽培と自然な醸造は、ブドウ畑の何らかの潜在的可能性を良く表現する為に行われる。自然な醸造は、同じ土壌から、質の優れた特徴のあるワインをますます生産していくだろう。

コストパフォーマンスはどうだろうか?ワインの価格は原産地呼称制度に大きく依存している。このシステムはブドウ畑の質を反映していると言われる。ヴァン・ナチュレルは、頻繁に興味深いコストパフォーマンスを持っている。なぜなら、仮定されているその畑の評価に関係なく、ブドウ畑の豊かさを良く表現するからだ。収穫量は、現実的には認可されている値を下回っている。ヴァン・ナチュレルを生産する多くの生産者は、AOCシステムの枠外で努力をしている。従って、ワインはヴァン・ド・ターブル(Vin de Table)となるが、そのコストパフォーマンスは例外的に高いことが頻繁にある。

ヴァン・ナチュールのワイン生産者は、本当の職人である。自然な醸造は、前述したとおり、たくさんの能力や我慢強さ(発酵は時には2年間続くこともある)、冷静さ、ブドウ畑や醸造所における肉体労働を要求する。多くの場合において、資金繰りは不確かである。ヴァン・ナチュレルの生産に熱烈でやる気のある作り手だけが、何年にも渡って努力を続ける選択をするだろう。これらの生産者は、消費者の激励を当然受けるべきだ。



ヴァン・ナチュレルに難点はあるか?


ヴァン・ナチュレルは、一般的なワインよりも外的要因に対して脆い。ヴァン・ナチュレルの輸入業者は、強制的に、生産者から引き取った時点から日本の倉庫に搬入するまで15度で温度管理した冷蔵コンテナを使用しなければならず、倉庫についても15度を超えてはならない。これは、追加費用がかかってくるため、誰もが受け入れられるわけでもない。消費者はよく、例えば酸化したワインについて、あまり厳格ではない輸入業者よりも生産者を非難する傾向がある。日本の消費者は、保証を得る為に、ほんの少し高い金額を払うことを受け入れる必要があるだろう。前述したとおり、ヴァン・ナチュレルはより優れたコストパフォーマンスを持っていることを踏まえても。

輸入業者にとって適していることは、小売業者にとっても同様である。ヴァン・ナチュレルは、ふさわしい温度管理のなされていない状態で管理されると、品質が急速に衰える。特に、日本の夏の陽気では。(見かけたことがあるのだが、夏のセールなどで展示されているヴァン・ナチュレルを購入することは勧めない。)したがって、ヴァン・ナチュレルの消費者は、ワインの運送と管理について完全なる透明性を要求する権利がある。また、専門的で熱意のある小売業者に助言を求めることが適切だ。なぜなら、彼らはワインを知っているのはもちろんの事、生産者も知っていることがよくあるからだ。例えば消費者がヴァン・ナチュレルを日光の下にさらして保管したら、その消費者がワインを台無しにしたことは確かだが、小売業者や生産者を非難することがある。したがって、小売業者の適切な助言は非常に貴重なものとなる。

現実には、ヴァン・ナチュレルの生産者も流通・小売業界も、このヴァン・ナチュレルという生産品にしっかりと適応しているわけではない。一つには、十分な量が生産されていないという問題があるし、また消費者に信用されるためにはあまりにも味の変動が多すぎる。ヴァン・ナチュレルは、毎年味が異なる。ヴァン・ナチュレルはテロワールを忠実に反映したワインといえるが、またヴィンテージにも、である。また、同じワインであっても、異なるタンクや樽によって味が変わる可能性がある。樽の上部のワインと、澱のある下部でも味に変化が生じる。

最後に、ヴァン・ナチュレルの難点もしくは喜びは、飲むことにあるといえるだろう。このワインは“生きている”ことから、飲むときには幾つかの用心が必要となる。全く、もしくはほんの少量の二酸化硫黄しか使用していないことから、生産者はワインを守るために、2つの主要な方法をとる。

一つは、ある程度多い量の二酸化炭素をワインに残すことだ。これは、多かれ少なかれワインの中にピリピリとした感触を与える。これは、認識できることもあればできないこともある。もし認識された場合、ワインは新鮮な印象を持ち、そのまま飲むことができる。もし気になる場合は、デカンタして、さらに必要ならデカンタを振ることで、二酸化炭素を消滅させることができるだろう。

生産者がワインを守るためのもう一つの方法は、瓶詰め時に還元作用(酸化の反対)を促進することだ。還元は、ヴァン・ナチュレルが最も頻繁に非難される点である。実際に、還元しているワインは、多くの場合、私たちがワインには予想していない匂いを発する。馬小屋や牛のオナラの匂いだ。これらは、二酸化炭素と同様にデカンタに入れてしばらく待つことでたいていの場合消えるだろう。ただ、レストランでのサービス時にこのようなワインを開けてすぐにサービスした場合、顧客が拒否する権利を持つことは理解できる。理解できる一方で、素晴らしいこれらのワインを飲む機会を失ってしまうのは、残念なことだ。また、ヴァン・ナチュレルを十分に理解していないソムリエが、このようなワインをリストに掲載することに抵抗感を感じるのも、十分に理解できる。

デカンタするもう一つの良い理由としては、ヴァン・ナチュレルは、ほとんどの場合は濾過されていないため、多くの澱が存在している。デカンタすることで、最後のグラスに無視できないほどの量の澱が入ることを避けることができるだろう(場合によっては液体よりも固体の方が多い場合がある)。

また、“辛抱”は実際の世界ではもはやルールではないが、ヴァン・ナチュレルは、もしかしたら生産者によって、長く熟成させることを前提に作られていることがある。時間の経過と共に、二酸化炭素や還元作用は“自然に”消えていくからだ。もちろん、良いコンディションで保存することが大事であるのは言うまでもない。

最後の難点(?)としては、現在、ヴァン・ナチュレルの生産者はほとんどおらず、また二酸化硫黄無添加のワインを生産している人達はもっとすくない。フランスは、ヴァン・ナチュレルの生産と消費の一人者であり、販売量は継続的に増加し続けている。ヴァン・ナチュレル生産の動きの起源は、50〜60年代、化学薬品業界の呼びかけにたいして頑なまでに拒否し続けた一部の生産者だ。実際に動き出したのは80年代からで、ほんの少しの独立した生産者と専門的な小売業者が共同して、根っことなる動きを起こし始めた。今日では、ヴァン・ナチュレルの生産者は定期的に増え続け、もはやフランス専有のものではない。ヴァン・ナチュレルの消費者も世界中に広がっている。人々は、その率直な味わいや、非常に少ない二酸化硫黄の含有量を好んでいる。小売業者やビストロ、ワインバー、また星付きレストランも、ますますヴァン・ナチュレルを提供している。

大半のヴァン・ナチュレルは、テロワールやブドウ品種、年代を、高品質を維持しながら語りかける。それらは素晴らしいものだ。上品で、奥深く、複雑。時には、軽く酸味があり、時には品の良い苦味を持つ。果実味にあふれ、噛み締めるような味わいを持つ。本当のワインであり、芸術家と言っても良いワイン生産者の卓越した技だ。ヴァン・ナチュレルは生命と土地とブドウ畑とブドウの尊重の結晶だ。ヴァン・ナチュレルは生きているワインであり、生命の糧となるワインであり、健全なワインである。ヴァン・ナチュレルは、持続的農業に関与しているのはもちろんだが、本当は数千年にわたって、農業文明に関わってきたワインだ。

Vive le Vin Naturel (ヴァン・ナチュレル万歳!)
A bas le Sucre (砂糖を捨てよ)
Guerre aux Fraudeurs (不正なワインと闘え)
(上記は、1907年にラングドックで起きた生産者のストライキのスローガン)


(1)二酸化硫黄は酸化防止物質。土壌には自然に存在し、地表の約0.5%を占めている。醸造学で認められているものは、石油化学産業の生産物である。ヴァン・ナチュレルの生産者は、必要な際には自然の二酸化硫黄を使用することを強く望んできたが、制度は彼らにそれを許していない(ロビー活動のせい?)また、頭痛や腹痛などの原因は、ワインに大量に含まれている二酸化硫黄である。ヴァン・ナチュレルに含まれている二酸化硫黄は、ブドウに自然に存在している二酸化硫黄に由来しているものが大半であり、含有量は通常の赤ワインの認可量の15分の1、白ワインではだいたい9分の1である。(加えるなら、通常のオーガニックワインの5分の1から10分の1である。)